万歳の風習(屋敷万歳・才蔵市)
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🧩 説明
📖 本文記載🧩 本文から整理📚 史実補足
正月に家々を回る万歳の風習。本文は「屋敷万歳はめいめいの出入り屋敷がきまっていて、ほかの屋敷や町家へは決して立ち入らないことになっていました」と屋敷万歳(出入り万歳)の決まりを説明し、町家を軒別にまわる町万歳については「乞食万歳などと悪口を云ったものでした」と述べる。才蔵は万歳の連れで、「以前は日本橋の四日市に才蔵市というものが開かれて、三河から出てくる万歳どもはみな其の市へあつまって、思い思いに自分の才蔵を択むことになっていたが、天保以後にはそれがもう廃れて」、以後は万歳と才蔵が来年を約束して別れる習いになったという。麹町の三河屋は屋敷万歳の定宿で、毎年五、六人が巣を作るといい、その年の暮には市丸太夫という男の才蔵がまだ揃わないので、太夫が心配して朝から探しに出たとある。才蔵を連れない万歳は、いくら立派な出入り屋敷を持っていても武家屋敷の門松をくぐる訳にはゆかなかったという。明治以後に出入り屋敷が無くなって万歳も一年ごとに減って行く、という述懐も本文中の老人の談として語られる。才蔵市の開かれた時期や、万歳の起源などの来歴は本文には無い。
分類:文化:風俗・年中行事
📚 登場作品(1)
『三河万歳』No.17